ミノルタの戦士たち




 鈴木宏駐在員


本編に登場する人物

 アメリカ人のおばさん:ユダヤ系、推定年齢40歳

 僕:通称ヒロ スズキ日本人、年齢20代

 時:1965年IPEX NYショー

 場所:NYコロシアム、ミノルタブース

 状況:お客様へのカメラ等の説明

ここまで書くと、諸兄はヒロスズキがつたない英語でカメラの説明を四苦八苦し大変だったとか、大恥かいたとかその様に思うでしょう。事実大変だった。本当に大変だった。外国人とのコミュニケーションで、これほど大変なことはなかった。現在に至るまでも、見事という他ない位通じなかったのです。

言葉の違いとか、文化の違いとか色々ありますね。そのために通じないばかりか、トラブル発生などなど。そのような事だったら逆に楽だった。何が起こったか?相手のお客様は聾唖、いわゆる口と耳のご不自由な方だったのです。この方にカメラを説明することになったのです。

これはマイッタ。全くマイッタ。英語が下手なら下手なりに何とか誤魔化してコミュニケートする技術は身につけていました。(自慢にならないけど)しかるに何としたことか、音声言語により質疑応答全く無し。二人はカウンターを挟んで一言も発することなく、ただカメラ(オートズーム8であったと記憶していますが)を渡したり渡されたりしつつ説明は粛々と行われたのであった。しかしその裏では、どのような悪戦苦闘が繰り広げられたかご想像ください。

私が申し上げたいのは、言葉は難しい壁です。しかしこの様な体験をして言語以前に人間としてお互いに誠心誠意接したことによって、言語と言う壁を越えた人間同士の心の通い合いが生まれるのだろうと信じている。一生懸命、私の説明を見つめていたあるお客様の真剣な目の輝きは今でも私の脳裏に焼きついています。

最後に、中邑勝三郎様をはじめ、当時の200 PARK AVE SOUTHのオフィスに勤務されたおられた現MOPCメンバーの皆様、MOPC代表世話役の皆様、並びに多くの方々に心から御礼申し上げます。



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