「ハンブルグの冬の夜」
「クリスマスの、こんな混んだ夜にあんな所に駐車しては困るね」ハンブルグのとある警察署の一隅、いかめしい顔の、デップリ肥った中年の警察官が恐縮している僕の前で、椅子にフンゾリ返ってお説教をして居た。二日ほど前の夕方僕は悪いとは知りながらショッピング街に駐車して買い物をした。
戻ってみると案の定、ワイパーに紙がはさんであった。指示通りその警察に出頭すると、このような始末である。恐れ入って聞いている僕も正直の所、そのお説教の半分もわかっていない。一通りしゃべり終わると彼はすくっと立ち上がって、「まあ。いいや、もうすぐクリスマス、今回は特別見逃してあげる。
もうあんな違反はしてはいけないよ。帰ってよろしい」そう言うと破顔一笑して、「フローヘスバイナハテン」(クリスマスおめでとう)と大きな手を差し伸べた。僕もあわてて、「クリスマスおめでとう」という挨拶を返して握手。罰金も取らず無罪放免か、やれやれ。ホッとして出ると外はクリスマス前の人ででごった返していた。
12月24日夜、僕は急に思いついて教会へ行って見ようと思った。流石にイブの夜、聖堂は人でいっぱいだった。ミサが進んでいくと隣の男が妙に気になってきた。ちらちら横目で見ると中年の貧弱な子男、服装も粗末でシュタイヘンガー(ドイツの安焼酎)でも、飲んだのか酒の臭いがする。
どうやら、シクシク声をしのばせて泣いているらしい。何か小さな罪でも犯してそれを悔やんで懺悔しに来たのか、それもできずに泣いているような様子。こちらも気になってしかたがない。と言って、どうにもなるものではないが・・・ミサが終わって、人々は静かに退場して行った。そとへ出るとくだんの男も人ごみにまぎれてどこかへ行ってしまった。
あの警察官、そして教会の隣の男、どうしてもこんな事を思い出すのだろう。長い僕の人生で、全く取るに足らない、ごくごく小さな出会い、もう絶対に二度と会うことにない人達。まさに一期一会、とはこの事なのだろうか。
エルベ河を無数の氷魂がぶつかりあい、ひしめき合いながら音を立てて流れて行く。アルスター湖の対岸の灯の明かり、今でもなつかしく思いだされる風景である。