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カメラ歳時記


日進月歩


二年毎、秋にドイツのケルンで開かれるフォトキナは、世界のカメラ愛好家や、レンズを通したイメージングをビジネスとしている人たちの祭典でもある。先日開かれた今回のフォトキナは、いくつも分かれている広大な展示場には、1500を越える出展ブースがあり、世界150カ国から参加している。まさしく、世界最大のショーである。

2005年の市場のさきがけととしてのビジネストレンドをこの会場に凝縮している。例えば、デジタルSLR(Single Lens Reflex)
も16+メガピクセルが、発表されるなど、メーカー同士の解像力アップの競争が激しさをましている。

つい最近までは、10万台の画素数が今では、100万台が普通になり、今年のクリスマス商戦では、300万から500万画素と言っていたものが、既にメーカーでは、1000万台の競争を開始した。又、フィルム使用のSLRも新型が発表されたり、レンジファインダーカメラがリバイバルで出現したりと、35ミリフィルムを使ったカメラ市場も、まだまだ見捨てたものでもないらしい。

2004年のクリスマスを特徴付けているデジタルカメラ合戦を見ていると、カメラ=デジタルと誰もが考え、また21世紀のトレンドと思い勝ちだが、まだまだカメラ=フィルム時代は、フィルムならではの良さを今後も主張し続け、そう簡単に消え去るものではないと思う。しかし、デジタル時代は、確かにフィルムの今まで築きあげたトータルなフォトグラフィーの領域を侵食してきている。

アメリカでは、ウエディングフォトグラフィー・ポートレートフォトグラフィーは、ミディアムフォーマットカメラ(120/220フィルムを使用)が、絶対的なものと考えられ、フィルムでなければならないとつい数年前まで言っていたのが、今では、小型フォーマット(35ミリフィルム使用)のデジタルカメラで、1600画素ができれば、なぜ、中型、大型カメラを使用しなければならないの?と言う疑問が生まれるのは私だけだろうか?

フィルム、印画紙、現像、焼付けに必要なケミカル製造メーカーも、廃業に追い込まれたりフィルム販売の激減から、親会社から不採算事業として、切り離しフィルム製造部門を完全独立させたりと、21世紀の写真業界は、誰もが予想しなかった荒波に乗り出している。

デジタルと言えばもちろん、コンピューターに連結、そこにはソフトのメーカーが画像処理関係でも、林立してきた。これから、イメージ産業で、どこまで改革がなされるか、誰も予想ができない状態だ。

ところでこのようなトレードショーに、発表されたものが必ずしも生産に結びつくものではない。多くは、どこかで挫折したり、躓いて世に出ないものもある。私のミノルタ時代でも、トレードショーに発表したまでは良かったものの、あまりにも、アイデアが先行してしまって、ユーザーが求めているものからかけ離れて没になったものや、カメラディーラーからの注文まではこぎつけたが、生産ラインに乗らなかったりと、一寸先は誰もが予想できないことが起こる。

多かれ少なかれこのようなショーで展示されてくるものを総合的に見ていると大局的に今後どのような流れになるのかを憶測することができる。時代は絶え間なく進歩しているようだ。


(2004年12月16日)


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カメラ歳時記


義兄の思い出話


私の義兄が第二次世界大戦前の支那事変の時、日本軍が中国へ侵攻して時の話をしてくれたことがあった。出征に先立ち、彼は大事に使っていたライカ?エルマー付きを持参することし戦地へ迎えた。エルマーのレンズの切れ味はすばらしく、いつも舶来は最高だとほめていたのを思い出す。

また、手にしっくりと来る。今で言う人間工学的にも、すばらしい出来で、速射に向いているのであります。第二次世界大戦中から、朝鮮戦争にかけて、多くの戦場プロカメラマンが愛用し、アメリカの有名な雑誌ライフマガジンのほとんどの写真をライカカメラで撮影された写真で埋め尽くしていたのもうなずけた。

その後、ライカから、画期的なバイオネットマウントへ移行、あの一斉を風靡したM型の登場となった。カメラ撮影において一番大切なのは、その一瞬をいかにキャッチするか。被写体はいつも動いており、静止していると思われる花の撮影にしても、少しの風でもなびいてしまう。その速射性は何よりも必要な条件であることは確かである。

その義兄が、支那の戦地から時々便りをよこしてくれた中にこんな文章があった。

「今日はすばらしい日だ。トラックに乗って移動するので、くじ引きがあった。フォードにあたった。」と言うのだ。どのトラックに乗るかを日本軍はくじで決めていたらしいだ。彼の部隊に配属されたいた日本陸軍歩兵隊には、二つのメーカーのトラックが配属されていた。一つは日本製、一つはフォード製で、フォードにあたったと言う。一日に何十キロ、何百キロと移動する途中で、支那の兵隊が隠れていて、スナイパー式に、一斉掃射を加えてくる。

車が途中でエン故したら、その場で狙撃の応酬となるわけで、ちょうど、イラクのテロのやり方を全く相通じるところがある。実のところ、日本製トラックはよく故障して支那の軍隊に取り囲まれ、支那軍の餌食にされていたらしい。舶来物は何でも良いとされていた時代を作り上げたのもうなずける。

それは、戦後20年数年続いていた。


(2004年12月16日)


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カメラ歳時記


レンズとフィルターのケア


みなさんは、カメラのレンズやフィルターでカビが発生したことはないだろうか。古いカメラを押入れなどに入れておいて久しぶりに出したら、カビていたという経験はないだろうか。実は、カメラで一番気をつけなければならないは、このカビの発生だ。もちろん、地方によっては湿気の多いところや、乾燥地との違いはありますが、ちょっとした工夫でカビを防ぐことができる。

しばらくカメラを使用していたいときは、レンズキャップを外しておくとか、家の中でも湿気の少ない場所で保管するとか、十分気をつける必要がある。カビが好む場所は、暗くて湿気があり、適当な温度がある環境である。もし、カビを発見すれば、すぐ拭き取るようにしている。でないと、カビが光の透過率を良くするために、ほどこしてあるコーティングや、ガラスを侵食し、レンズにダメージを与える。

カビには、いろいろなタイプがあり、大きくわけて、くもの巣のように、這うように広がっていくものや、ドーナツのように、二重丸になって行くものもあるようだ。いずれも、長くほっておくと、拭いて取れなくなってしまうので要注意。特に、クラシックカメラや、コレクタブルカメラをお持ちの方は、時々保管している場所から、取り出して乾燥したふきんでカメラを清掃することをお薦めする。

レンズのクリーンは、注意して拭く必用があり、一度拭いた布、またはティッシュの表面は、絶対に二回目の拭きに使用しないことが肝要である。目に見えないような塵やほこりが、一回目に拭いた時に、布の付着し、二回目に拭くときに付着したほこりがレンズの表面に傷をつけることになるので、これも要注意。

レンズのクリーニングの時は、特に注意する必要がある。また、不注意にレンズの表面に指紋をつけた場合も同じで、指にある脂肪分がレンズの表面を変化させ、長い期間ほっておくと、指紋焼けが生じ拭いても取れなくなってしまう場合がある。


(2004年12月1日)


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カメラ歳時記


CDS(露出計)


1950年代、渡米した頃は、露出計と言えばウエストン露出計やドイツのゴッセンが唯一のものであった。ところが、日本メーカーが、ドイツのカメラを追従していったように、セコニックと言う日本メーカーが追従しており、そのうちにウエストンは、製造中止になっている。

その時代は、セレニアム・セルの露出計(バッテリーを必用としないもの)が、一般的であった。1960年代後半にかけて、CDSセルが開発され、光に対する感度の良さおよび、小型化により、小さくまとめられ、カメラに内臓されていった。

小生が、アメリカ中を飛びまわっていた頃、ミノルタはSR7を出し、ミノルタ一眼レフの全盛期を迎えていた。カメラ「How to sell Minolta?」のトレーニングをレイグラム、フォーンスティン、ウエスタンムービーサプライとムービーサプライオブハワイのセールスマン100名ほどをトレーニングするため、1人アメリカ50州を駆け回っていたころだ。CDSセルのおもしろいデモの仕方を技術部長の吉山さんから教えてもらった。

カメラの右側(軍幹部)前に、一センチメートル足らずの円形窓があり、その奥ににCDSセルが収まっている。「福井君、それを君の親指で覆っても、CDSは、指を通った光を感じている。露出計の針が動くのが見えるだろう。」確かに動いているこれはおもしろい。

カメラ店をアメリカ人のセールスマンと回りながら、デモって行った。カメラ本体よりも、このCDSのおかげで、皆が一斉に驚き、珍しさもあって、セールスがぐんと上昇した。その後、露出計はどんどん発達し、ライカM6,M7などは、LEDを使用し、R8R9などは、LCDを使用するようになった。世の中進歩は留まらず、毎日が変化している。

もし、組織のトップを預かるCEOや、国を動かす政治家達が先を見ず、自分は現状を維持しているから大丈夫とたかをくくっている人は、世の中の動きを良く見極めることができず、現状維持は後退を意味していることがわかっていない。人の上に立つ人は、特に肝に銘じその意味が何であるか24時間、頭と体を働かさせなければならない。

(2004年11月18日)


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カメラ歳時記


シリアル番号#1234XXXXのなぞ


最近世界のインターネット市場で、いろいろな問題が発生している。アメリカのネットオークションや電子商取引のトランザクションなどに於いても、巧妙なオンライン詐欺が多発している。その犯罪が、善良な市民を巻き込み大きな社会問題となっているようだ。

従ってその対策として、クラシックカメラの取り扱いについて、カメラボディ及びレンズなどの、全シリアル番号を記載せず、最後の三桁をXXXで表すのが慣習となっている。皆様も、全ナンバーを公表しているカメラなどには、特に注意することをオススメする。

アメリカで多発する例として、カメラを売っておきながら、盗まれたと言って、盗難保険会社に届出、保険金を受け取る。保険金として保険会社から支払われたカメラは、シリアル番号も記載されており、その時点で、保険会社のものとなっている。保険会社は、あらゆる手段で、盗難カメラで、追跡するので、このような事故に巻き込まれないよう、くれぐれも注意する必要がある。

このような詐欺師のことを、アメリカではCORN-ARTISTと呼ぶ。彼らは、普通考えられないような手口を天才的な手法で考え出している。

 シリアル#について

表示のシリアル番号ですが、下三桁をXXXとあえてさせて頂いております。その理由は、近年のインターネットの発達により、アメリカでは詐欺の犯罪が多発しております。インターネット上で、全てのシリアル#を表示すると、保険会社に、このカメラは盗難にあったものだと届け出るケースが増えている。

実際は盗難品ではありませんが、一旦そのように保険会社に届けられると、それがどこから購入したか実証されない限り、保険会社の所有物となってしまう。クラシックカメラ購入の際は、きっちりしたルートより仕入れているかを確認をし、詐欺行為に巻き込まれることを避けるために、下三桁をXXXとしている業者または個人からの購入をお勧めする。

(2004年11月15日)


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