福井 義直  今月のインタビュー


ミノルタの米国駐在員として、はじめてアメリカ本土の土を踏んだのは、1957年1月25日。ミノルタがアメリカに進出したのは54年。まだ、ソニーも進出はしていなかった。銀行や商社が先行組みであった。日本製品といえば、「安かろう悪かろう」の時代に、果敢にアメリカ社会に溶け込みながら、必死に直販を手掛け、西部を皮切りにその後、シカゴ、ニューヨークと次々と直販市場を開拓し、ミノルタの発展に大きく貢献。アメリカで成功するための心構えや在り方について、原体験を踏まえたアドバイスを熱く披露。

氏の滞米生活もそろそろ約半世紀、人生の先達としての厚みと老練さも加わり、重みと説得力ある内容にはただただ脱帽である。言葉を超えて、人種を超えて、国境を越えて、人としてどうあるべきか、氏のこれまでのアメリカ生活50年の生き様を垣間見る。

日本人ビジネスマンとしてどうあるべきか?氏の後に続くアメリカを目指す日本人への熱いエールは途切れることを知らない。決して会社人間になってはならない。自分自身、どちらを向いて仕事をするのか。氏の鳴らす警鐘は、アメリカで挑戦するビジネスマンだけではなく、日本人全体に投げかけられたテーマではないだろうか。



福井 義直:インタビュー

「安かろう悪かろう」メードインジャパン製品(動画/DSL-Cable) 
アメリカで成功できる日本人ビジネスマン(動画/DSL-Cable) 





インタビュー後記:

氏を一言で表現するなら、“毎日がディズニーランド”という生き方である。カリフォルニアの透き通った青い空のように、氏の思考・行動様式はまさにネガティブさの欠片も感じさせない。70歳を向かえた氏は、95歳まで生涯現役を貫きたいと、週2回4マイルのウォーキングやウエイトリフティングを欠かさないという。

ビデオ映像では紹介できなかったが、氏が今取り組んでいるビジュアルマーケティング分野がある。大変興味深いマーケティング分野でもあり、諸氏各位の参考に資していただくべく、ここで紹介したい。

先ず、ビジュアルマーケティングとは、文字通りビジュアルを利用したマーケティング方法。実際にこういう例がある。あるビール会社A社がテレビ等の媒体で、新商品の宣伝を行った。消費者がそのCMを見て、一度飲んでみたいと酒屋やスーパーに足を運んだ。しかし、店頭では別のB社が、ネオンによりビジュアルに訴えかけるものを使用して宣伝をしていた。A社は、大々的な宣伝により、消費者を店舗まで引きつけておきながら、店頭でのビジュアルマーケティングを怠ったために、B社に負けてしまった。消費者は、最後のPUSHで、ほとんどが意思決定をするらしい。PULL & PUSH戦略とは、広告で引きつけておいて、最後の一押しをする手法である。これをビジュアルマーケティングを活用して行う手法が、アメリカでは重要視されている。

氏が提携を組むエバーブライト社は、店頭のPOPとして使用されるネオンの製造会社で、世界一の規模。全米に11箇所、ヨーロッパに2箇所の拠点を持つ。マーケティングという視点で常に研究され尽くした秀逸のデザイン力と技術力の高いネオンを世に送り出している。

日本でも今後積極的に導入活用されるべきマーケティング手法と言える。

氏はこれまでアメリカには、大変お世話になり様々なことを教わった、と言う。日本が大きな成長を遂げ、アメリカからもう学ぶものはないという人も多い。しかしながら、学ぶべきはこれからという人も多い。氏は、今後、アメリカに恩返しをしていきたい、と言う。アメリカの優良企業を日本市場に紹介していきたい、とアメリカを愛し祖国日本を想う氏は、今なお意気盛んである。氏の95歳現役全うを切に応援したい。

EVERBRITE社
創業1940年
本社:4949 South 110th St. Greenfield, Wisconsin, 53220
Phone: 414-529-3500 Fax: 414-529-7191 Web: www.everbrite.com


Mr. Yoshinao Fukui
International Concept Inc.

4173 Rousseau Lane, Palos Verdes Peninsula, CA  90274
Tel: 310-377-4163
Fax: 310-541-8807


福井 義直:プロフィール

1957年 ミノルタの米国駐在員としてニューヨークに初赴任。その後、営業能力を高く評価されカナダへ。

1959年 再びニューヨークに戻り、ミノルタ東部地区の販売網の確固たる基盤をつくる。

1962年 ロサンゼルスに赴任。

1966年 ミノルタ西部地区における直販部門を新規で立ち上げる。

1972年 ミノルタ全米部門における直販網を構築。

1975−1978年 日本へ一時帰国。

1978年 ミノルタを退社後、米国法人International Concept Incを設立。米国企業および邦人企業のコンサルティング業務をスタート。

1985年 ビジュアルマーケティングと出会い、マルチネオンの販売に従事。マルチネオンによりユニバーサルスタジオのメインタワーを手掛け、話題となる。

1993年 業界NO.1エバーブライト社のアジア地区セールスレップとなり、日本進出をサポート。

1995年 クラシックカメラの日本への輸出をスタート。

2004年 Daktronics Inc.とLEDビデオディスプレイの日本進出のサポートを開始。現在にいたる。


(文・利根川正則)

上記記事およびビデオコンテンツはグローバルメディア様の許諾を得て抜粋、掲載させて頂きました。2004年11月15日(月)